死ぬとき笑う

だから、自分に正直に、自分のために。

「明確に」ではなく「強く」イメージする

今日も仕事を休んで川角杯に参戦してきた。そこでの気づきを書く。

 

ちなみに結果は、60, 60, 06, 61。ひどい波だ。

 

3試合目は完全にスイッチが壊れた。1,2試合目は集中していたもののそこまで良い状態ではなかった。それにもかかわらずこの結果となり、間が抜けてしまったというのが正直なところだ。

 

もちろん、相手が良かったから戻すことができなかったのだ。実力で負けていた。完敗だ。

 

4試合目はライバルとの対戦だったのでもう一度ネジを巻き直すことができた。ライバルは本調子ではなかったが、全日本ベテラン本戦で勝利する実績を待つ油断できない相手だ。今日はここで勝ち切れた自分を褒めたい。

 

その4試合目で大きな収穫を得た。

 

やはり以前書いた通り、サーブはもちろん、すべてのショットを具体的かつ明確にイメージして迷わず打ち続けることが、今の私にはとても重要なことのひとつだ。

 

それを改めて実感できたのだが、それをやり切るのが難しい。「わかっている」と「できる」は別だ。わかっていてもやり切れないのが人間という生き物だ。

 

それをしっかりやり切るためのキーワードに気づけた。

 

「すべてを強くイメージして迷わず打ち続けろ」

 

こうセルフトークで自分に言い聞かせると実行しやすいことがわかったのだ。

 

キーワードは「明確に」ではなく「強く」だ。

 

この「強く」は「明確に」を含むだけでなく、自ずと「強い意志」と「高い集中力」も備わる魔法のワードだった。

 

私にとってこれは、一石三鳥のキラーワードと言える。

 

これからは、すべての配球を早く、強くイメージして、迷わず打ち続ける。

 

生きてる間に生まれ変わる。

ボレーはもっとラケットを振ろう

昨日の練習でもうひとつ気づいたことがあったことを思い出したので書いておく。

 

これからは、ボレーはもっとラケットを振っていく。

 

これは私の場合の、感覚的な話だ。万人に当てはまる話しとは思っていない。

 

最近、やはりテニスの試合では、ボールの深さが本当に重要ということを痛感している。ある一定のレベルを超えると勝つためにこれはマストになってくる。

 

でだ、ボレストをやるといつも自分のボレーのボールが浅くなっていた。

 

いろいろ原因が考えられたため、いろいろと試行錯誤してきたが、なかなか深さを安定させることができなかったのだ。

 

しかし、昨日手っ取り早い方法を見つけた。振ればいいのだ。

 

ボールを飛ばすことができなかったのだから、常識に囚われるのはやめて、振って飛ばせばいいのでは?とやってみた。

 

すると、なんとも楽に、安定的にボールを深く飛ばすことができた。

 

これからボレーはこれでいこう。

試合中の自分の状態を2つに分けて考える

今日の練習を終えて、頭の中を整理しておいた方がいいかもしれないと思ったことを書く。

 

試合中の状態には大きく分けると次の2つがある。

 

  1. 相手のボールに自分のプレーが合っていない状態
  2. 相手のボールに自分のプレーが合っている状態

 

余談だが、私は昔、後者を目指すことを「プレーを自動化する」と呼んでいたことがあったことを、今これを書いたことで思い出した。ちなみにこれを、「リズムを掴む」や「アジャストする」と言う人もいる。

 

さて、試合中、今の自分がどちらの状態にあるかは状況判断に影響するはずだ。

 

そして、私の場合、ほぼすべての試合が合っていない状態から始まる。

 

プロは戦ったことのある相手との再戦が少なくないが、アマチュアの私は初顔合わせの方が多いため、普通に考えればこれは当たり前だろう。

 

もちろん、ベテランにせよ一般にせよ、JOPの常連ともなれば再戦はよくあることだが、そもそも年にエントリーする大会数はプロと比較すれば圧倒的に少ないため、やはりアマチュアは初顔合わせの方が多いだろう。

 

それから、もうひとつ言えるのが、悔いの残る負け方をした試合のほぼすべてが、合っていない時間が長い試合ということだ。このまま負けて終わると本当に悔いが残るし、下手すると落ち込む。

 

だから試合序盤は、いかに早く相手のボールに自分のプレーを合わせるかが重要となる。それはすなわち、合っていない状態の時に何をするかが重要ということでもある。

 

いや、私の場合は、違うかもしれない。

 

私はこれまで、ここまで書いてきたことを頭の中で整理できていなかった。そのため、合っていないのに、合っている前提の状況判断をしていた自覚がある。そうやって自分で自分を苦しめてきた。

 

しかし今回、整理できた。

 

だからもしかしたら、これだけで大きく変わるかもしれない。

 

次の練習試合では、今はどっちの状態かを定期的に確認し、合っていない状態であれば、それを心するだけでいい気がする。後は脳と細胞が対応してくれる気がする。

 

いや、もちろん、合わせるためにポジションを変えたり、準備を早くしたりするわけだが、それらは頭で考えずに、感覚で対応できるようになりたいのだ。

 

なぜなら、頭で考えたいのは、配球イメージや相手の心理状況だからだ。自分のことにはできるだけ脳を使いたくない。

 

やってみなくてはわからないが、まずは、細かいことは考えず、今、相手のボールに自分のプレーが合っているか否かをしっかりおさえながら、最近手応えを感じている「イメージ重視のプレー」に集中する。

認識を改める!3月は春ではない、冬だ

これはキングコング西野亮廣さんの受け売りだが、まったくその通りだと思ったので書く。

 

西野さんの言葉を要約すると以外だ。

 

「3/4/5月が春、6/7/8月が夏、9/10/11月が秋、12/1/2月が冬と、3ヶ月ずつ均等に春夏秋冬を区切るのはやめませんか?この思い込みが、3月なのになんでこんなに寒いんだ!(ブルブル)というストレスの元。これからは、4/5月が春、6/7/8月が夏、9/10月が秋、11/12/1/2/3月が冬」

 

冬は5ヶ月。冬は長い。そして、3月は冬だ。ちなみにここは関東地方だ。

 

今日も、3月23日だというのにとても寒い。

 

これを書いている今も、行きつけのカフェのテラス席で、ダウンコートを羽織り、膝掛けで暖を取っている。

 

3月は冬と考えれば、うっかり薄着をしてしまい寒さに苦しむ思いをしなくて済む。寒いのが大っ嫌いな私にとってこれはとても重要なことなのだ。

 

この考えをこれからも広めていこうと、「今日も寒いですね」と挨拶される度に「3月は春って思い込んじゃってますよね。絶対、冬です笑」と話すようにしている。

 

そして、なぜみんな3月に寒い思いをしているのかついて、わかったことがふたつある。

 

ひとつ目は、多くの人が、周りの人達に合わせた方が良いと考えているということだ。

 

この真意は「自分だけ浮いていたら恥ずかしい」なのだろう。たとえ寒かろうが、風邪を引こうが、みんなが春の装いになっているのに私だけダウンを着ていたら恥ずかしいと考えている。

 

本人が風邪を引いても構わないと考えているならそれでいいと思う。けど、よく考えたらさすがに風邪を引いてまでそれを実行するのは間違っていたかもと考えを改める人は意外と多いのではないかとも思ったりもする。

 

そしてふたつ目は、多くの人が、冬のストレスから解放されて、気持ちのよい春を感じ取りたいと思っているということだ。

 

知人のひとりは「3月は衣替えをする。ダウンを着たら負けだと考えてる」とさえ話していた。

 

いやいやいや。ちょっと待って。今日とか、ダウンを着なければそれは何かの修行か罰ゲームでしょ。ダウンを着たら負け?風邪を引いたら方がよっぽど負けでしょうが。

 

けど、まぁ、人それぞれか。人生は、自分がそれで幸せならそれでいいと思う。

久しぶりの川角杯

今日は有休を使って久しぶりに川角杯へ。

 

結果は、61, 64, 64, 36。

 

最近気づいたことを実践してみて手応えを感じることができてよかった。今後も続ける。

 

ちなみに、4試合目は幸運にもYouTuberの佐藤翔吾選手。第1ゲームのブレイクポイントで絶好のウイニングショットを白帯にかけてしまったのが悔やまれる。

 

いずれにしても、格上という意識があると必要以上に力んでしまう癖を解消しなくてはいけない。

 

最近は、格上とか格下ということを試合前に意識することは悪くない感がるようにしている。ただし、試合中に意識して力んだり、油断したり、勘違いするのはダメだ。

 

それを解消するためには、本番の試合にたくさん出て、経験から学び、脳みそを最適化していく以外ない。

 

わかっているのだから、あとはやるだけだ。