最近、親バカともとれる小5息子に関する投稿をしている。
2023-03-05:息子の強みを言語化してみる
2023-03-11:ひとつ書き忘れた
その理由を書く。
それは、こうやって親バカをすると子供の自己肯定感が育つと考えているから。
いや、一般的な親バカは、子供本人のいないところで繰り広げられるが、それでは子供の自己肯定感は育たない。
「子供本人の前で、親が他の誰かに我が子の凄いところを話す」
このタイプの親バカが、子供の自己肯定感を大きく育てる。
このタイプの親バカを「公開親バカ」とでも言っておこう。
私はブログという不特定多数の人が見る場に、我が子の凄いところを書き留めている。
これだけでは意味がない。
我が子がこれを読んだ時、これには大きな意味が生まれる。
私は、このブログで息子に関することを書く時、それが息子に読まれることを前提に書いている。
息子について書いた時は、息子にそれを共有しているのだ。
息子は私のことを愛してくれている。私も息子のことを愛している。この時、そのブログを読んだ息子はこうなる。
「パパは僕のことをこう思ってくれているのか。それも他の人に自慢するほどに。嬉しい。そしてそれは、確かにそうかもしれない。僕にはこんな凄いところがある。僕は凄い」
このように、息子の自己肯定感は大きく育っていく。
もちろん、直接的に親が子を認め、褒めたり、本人の成功体験の積み重ねで子供の自己肯定感は育つ。
それでも私は、それ以上に公開親バカは自己肯定感を育てると考えている。
私は、我が子を見ながら、それを確信している。
「パパ、誰かと何かを話していると、いつの間にかお前の自慢話になっちゃうんだよな」
そう話したこともある。現に親バカになっていることは少なくない。
最近の息子はそれを聞いて、
「まぁ、事実凄いからね!イエイ笑」
と自己肯定感が育ちまくっていることを証明してくれる。
息子の将来は既に、何も心配していない。
ちなみに、逆も言える。
子供本人の前で「いやーうちの子は誰に似たのか全然ダメで」とか言っていると、子供は「あぁ、ママはそう思ってるんだ。僕はダメなやつ」と自己洗脳をはじめる。
謙遜を美徳とする日本ではよくある話だ。親たちはこれを自覚しなくてはいけない。