死ぬとき笑う

だから、自分に正直に、自分のために。

全身から繰り出されるトップスピン

今日、7年前に現役を退いたという元単複インカレプレーヤーの29才男性とテニスをした。

 

と言っても、5年のブランクがあり、今は子供が小さく月1くらいしかボールを打っていないという。

 

それでも、身体が覚えているのだろう、自分の周りにはあまりいないスピンのしっかりかかった若いボールだ。

 

彼以外はベテランプレーヤーで1面4人。固定ペアでミックスダブルスだったのだが、46, 64, 14となんとか楽しみながら形にすることはできた。いや、もちろん彼は常に余裕を持って相手してくれていたが。

 

さて、彼のストロークがとても勉強になったので書いておく。

 

やはり生で見るだけでなく、実際にボールを受けると違いがよくわかる。スピンの効いた若いボールだ。

 

「その勢いでそんなに高いところを通しても入るのか」

 

そして、思った。

 

「その弾道、羨ましい」

 

本当にそう思った。

 

「そんな弾道なら、入る気しかしないじゃん?!」

 

それからもうひとつ印象に残ったのが、そのスピンを打つ彼の身体の使い方だ。

 

初めは手元の動きに目がいった。スピンに適したラケットワークをしている。

 

しかし、それ以上に、全身でスピンを打っている感じだったのだ。明らかに手打ちではない。フォアもバックもだ。

 

体幹で打っていた」とも表現できるかもしれない。

 

身体の軸の傾きでトップスピンになるスイング軌道を生み出しているようにも見えた。あとは下半身から迷わずしっかり振り切る感じだ。

 

私はグリップの薄いフラットドライバーなのでボールを捉えている瞬間は胸が前を向いている。

 

しかし彼はトップスピナーのため胸が上を向いているように見えた。

 

もちろん、私と彼とではグリップも異なるためまったく同じにはならないが、私は彼のそのイメージを取り入れて打ち合っていた。

 

というのも、フラットドライバーであることを変えるつもりはないが、弾道が低いことはリスクでしかなく、もう少し平均弾道を上げたいと考えていたからだ。

 

そして、彼のイメージを取り入れた結果、少し弾道を上げられる気がした。かつ、いつもより力強く迷わずに振り抜きながら打ち合える気がした。

 

もちろん、相手が変われば同じようにはいかないのがテニスだが。

 

前回書いた通り、今後は打ち方を考えながらテニスすることは減らすが、彼と打ち合った時のこの感覚は大切にしていこうと思う。

 

あぁ、テニスしたい。