死ぬとき笑う

だから、自分に正直に、自分のために。

サーブが得意すぎてサービスゲームが楽しい

さらに自分を洗脳していく。

 

自分はサーブが得意ということを、今日のテニスで確信した。

 

俺はサーブが好きだし、得意だし、サービスゲームが楽しくてしょうがない。

 

平均すると3ヶ月に1回くらいで参加しているダブルスの練習会がある。

 

片道1時間半以上かかるためたまにしか参加できないが、ここに来れば割と高いレベルでダブルスを楽しむことができる。

 

年齢は自分より3〜5才年上の先輩たちが多いが、みんなめちゃくちゃいい人たちばかりで楽しい。

 

ダブルスということもありシングルスのガチ練とはまた異なる雰囲気だが、笑顔もありつつ皆ガチの勝負を楽しむ人たちだから私にとっては最高の環境だ。この縁はとても大切にしている。

 

ちなみに、私がダブルスをするのはここだけといっても過言ではない。

 

以前、ダブルスで組んだ方から「宮田さんはサーブが課題と思いすぎだよ。何も問題ない。というかむしろ、めちゃくちゃ武器じゃん。何を悩む必要がある?」と言われて気づきを得たとこのブログでも書いたが、それはここのメンバーのひとりで、その彼は今日もいた。

 

だから今日は余計に初めからこのマインドになれた。

 

ちなみに、彼に限らず、ガチで対戦したほとんどの方がサーブを褒めてくれるのだから間違いないのだ。サーブを過小評価しているのは自分だけだ。

 

私はサーブが得意で、それは私の武器のひとつなのだ。

 

しかも、試行錯誤していたフォームも毎朝のルーティンに取り入れることにしたサーブ用のトレーニングのお陰で明らかに再現性が高くなっている手応えもある。

 

そのため、左肩に落ちてくるようにトスを上げてあとはそのボールにラケットを合わせるだけでイメージしているサーブを繰り出すことができている。

 

とはいえ、ダブルフォルトはある。けどそれはダブルファーストだから当然と言える範囲だ。ほぼ誰もやらないダブルファーストが自分の基本なのだから、誰よりもダブルフォルトするのは当たり前で、それは想定内だ。

 

これも見込んでいかに自分のサービスゲームをキープするか、ゲームの流れで考えるのも面白い。

 

ダブルフォルトをしても「必要なダブルフォルトだった」と「そこで入れに行っていたら例え入っていても悪循環に陥っていただろう」と思える瞬間がたくさんあるのだ。

 

ダブルフォルトをしてもゲームの流れは奪われないというケースはある。私にとっては、ダブルフォルトしないことよりも、気持ちをぶらさず自分を貫くことの方が圧倒的に重要なのだ。

 

だから私は、今のままでも十分に、サーブが得意と言い切れる。