死ぬとき笑う

だから、自分に正直に、自分のために。

「頑張れ」は応援じゃなくて命令

3日前の投稿「ダメコーチのわかりやすい共通点」を書いている時、「あー、そういえばこれは前から思ってたんだよなー」と思い出したのがこれで、書きながら頭を整理したいと思います。

 

私は「頑張れ」というセリフが嫌いなんです。

 

みんながこれを言う時のシチュエーションを思い出してください。

 

それを言われた側の人は皆、言った側の人よりよっぽど頑張っていませんか?

 

そしてそもそも、「頑張れ」は命令で、どう考えても応援なんかじゃない。頑張れの裏には「頑張りが足りない」という意味が含まれています。

 

ATPを戦う日本人選手の試合を観ている時も「頑張れー!」と聞こえてきます。

 

冒頭に紹介した投稿にもあった通り、コーチがジュニアに「頑張れ」と言うこともあります。

 

私にはどうしても不適切に感じてしまうんです。

 

応援したいなら、まずいいとこらを見つけて頑張ってることを称賛した方が、応援された側の力になると思います。

 

例え、ポイントを取られても、懸命に走っていれば「ナイスラン!(=頑張ってる!)次はいける!」。

 

例え、ミスになっても、果敢にポーチボレーに出たなら「ナイストライ!(=頑張ってる!)次はいける!」。

 

サーブでチャンスを作って3球目でウィナーをとれば「ナイスショーッ!(頑張ってるから)次もいけるよ!」。

 

病気に苦しみながら生きることに懸命になっていれば「(頑張ってるから)きっと良くなるよ。辛いことがあればいつでも言ってね。話し相手くらいにはなれるから」。

 

応援というのはこういうものだと、私は思います。

 

それではまた!